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東海道名所記

舞坂より荒堰まで舟の上、廿三町、〈◯中略〉 楽阿弥申すやう、舞坂より舟にのるに、七つ時分よりまへには渡しあり、七つ時分過れば、舟おいださずといふ、早くのり給へとて、男と共にいそぎふねにとびのる、艫のかたひろくて、ゆるりとのりけり、船頭は舟に棹さし、櫓おたてヽおす、男たづねけるは、いかに船頭殿、このうみお今切と名付たるよしうけたまはりたし、さだめて子細の侍べるやらんといふ、せんどうこたへていはく、むかしは山につヾきたる陸地なりしが、百余年ばかり以前に、山の中より螺の貝おびたヾしくぬけ出て海へとび入侍べり、その跡ことの外にくづれて、荒井の浜よりおくの山五里ばかりひとつにうみに成たる故に、今切と申すなり、