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東関紀行
天竜と名付たるわたりあり、川ふかく流れはげしくみゆ、秋の水みなぎり来て、舟のさること速なれば、往還の旅人、たやすくむかひの岸につきがたし、此河みづまされる時、ふねなども、おのづからくつがへりて、底のみくづとなるたぐひ多かりと聞こそ、彼巫峡の水の流、おもひよせられて、いと危き心ちすれ、しかはあれども、人の心にくらぶれば、しづかなる流ぞかしとおもふにも、たとふべきかたなきは、世にふる道のけはしき習ひ也、 此河のはやき流も世中の人の心のたぐひとは見ず