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西行物語

すでにあづまのかたへ下るに、日数つもれば、遠江国天中のわたりといふ処にて、武士の乗たりける舟に便船おしたりけるほどに、人おほくのりて舟あやうかりけん、あの法師おりよおりよといひけれ共、わたりのならひとおもひて、きヽ入ぬさまにてありけるに、なさけなくむちおもつて西行おうちけり、血なんど頭より出て、よにあえなく見えけれ共、西行すこしもうらみたる色なくして、手おあはせ舟よりおりにけり、これお見て供なりける入道なきかなしみければ、西行つく〴〵とまぶり、都お出し時、みちの間にていかにも心ぐるしき事あるべしといひしは是ぞかし、〈◯中略〉自今以後も、かヽる事はあるべし、たがひに心ぐるしかるべければ、なんぢは都へ帰れとて、東西へぞわかれける、