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東海道名所記

島田より金谷へ一里 男申けるは、いざやこヽにとまり侍べらんといふ、楽阿弥申すやう、旅なれぬといふは此事なるべし、此さきに大堰川あり、駿河と遠江の境なり、〈◯中略〉近比は島田と金谷の馬かた、川ごしと一味して、あさき瀬おかくし、ふかき所おとおり、わざとふしまろびなんどして、腰につくほどの水にも、廿匹三十匹の銭おとる、まして水のふかき時は、其賃かぎりなし、水のある時分ならば、島田かなやに宿おとり、川ごしのねだんおきはむべし、川ばたにゆきかヽりては、殊の外に賃高し、いはんや出家町人伊勢まいりおば、なおも直段たかくとる也、此川にては功者あるべし、まこと大水ならば、宿に逗留すべし、然るに此ほど打続きて雨ふらず、水はさだめてすくなかるべし、今夜島田にとまりて、大河お前にかヽへん事しかるべからず、もし川上に雨ふり、夜の間に水まさらばくやしからん、道はたヾ一里なり、かなやにこえてとまり給へ、草臥給はヾ馬にめせとて、島田にて馬おかり、男おばうちのせ、楽阿弥はかちにて行、〈◯中略〉川ばたにゆきてみれば、思ひの外に水おほし、されども馬かた心得たるものにて、瀬お尋ねてわたす、楽阿弥も、からしりの馬はあぶなきものぞや、わきひらおみれば目のまふものぞ、目おふさぎ、よく鞍つぼにとりつき給へと、男にちからおそへて、歩意々々といふて渡るうちに、〈◯下略〉