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平治物語

頼朝遠流事附盛安夢合事扠も頼朝は伊豆国へ流されければ、〈◯中略〉永暦元年三月廿日〈◯中略〉の暁、池殿〈◯平清盛継母池禅尼〉お出て東路遥に被下けり、〈◯中略〉盛安〈◯纐纈源五〉も大津までと申たりしが、人々留りぬる上、熱田には橋もなくて(○○○○○○○○○)、舟にて向の地へ渡給へば、傍心苦て打送奉る、