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太平記
二十
奥州下向勢逢難風事 九月十二日の宵より、風やみ雲収て、海上殊に静りたりければ、舟人纜おといて、万里の雲に帆お飛す、兵船五百余艘、宮〈◯後村上〉御座船お中に立てヽ、遠江の天竜なだお過ける時に、海風俄に吹あれて、逆浪忽に天お巻翻す、或は檣お吹折られて、弥帆にて馳る船もあり、或は梶おかき折て、廻流に漂船もあり、〈◯中略〉結城入道堕地獄事 中にも結城上野入道が乗たる船、悪風に放されて、渺々たる海上にゆられたヾよふ事七日七夜也、既に大海の底沈か、羅刹国に堕かと覚しが、風少し静りて、是も伊勢の安野津へぞ吹著られける、