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古事記伝
四十二
山の尾、凡て山に袁と雲るに二あり、一には高き処お雲、上巻に、谿八谷峡八尾(たにやたにおやお)〈これ谷に対へて雲へれば、峡は高処なること知べし、古書に、高処お雲袁に、多く峡字お用ひたり、山間お雲意には非ず、尾は借字なり、さて此峡八尾の袁お、書紀には、丘と書れたり、此字も袁と雲に用く用ひたり、〉高山尾上、坂之御尾、〈此尾の事、伝十巻に雲るは違へり、中巻水垣宮段に、坂之御尾の神とあるは、必坂の上に坐す神と聞えたればなり、〉万葉に向峯八峯(むかつおやつお)、峯之上(おのうへ)〈峯の字お書るは、高処なるお以てなり、然れども袁は必しも峯には限らず、袁能閉(おのへ)といへば、峯のことヽ思ふは、くはしからず、〉など、又岡の袁〈袁加は、高処お袁と雲に、加お添たる名にて、加は、すみか、ありかなどの加と同く、処と雲意なり、坂の加も同じ、されば丘字など、袁にも袁加にも通用ひたり、万葉七に、向岡とも書り、〉これら皆高き処お指て雲るなり、〈尾と書るはみな借字なり〉さて今一は、尾頭(おかしら)の尾にて、鳥獣などの尾も同く、山の裔(すそ)の引延たる処お雲り、〈山には、腹とも足とも常に雲、記中に御富登(みほと)などもある類にて、是とも雲なり、〉此は其なり、山の上に対へて雲るにて知べし、中巻白梼原宮段に、畝火山之北方白梼(かし)の尾の上、また古今集〈春上〉歌に、山桜わが見に来れば春霞峯にも尾にも立かくしつヽ、これらは尾なり、〈然るにかの高処お雲袁にも、多く尾字お借て書るから、右の二まぎらはしくして、詳ならざるがごとし、よく〳〵弁ふべし、〉