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類聚名物考
地理十四
山峡 やまのかひ 峡〈和名抄、山のかひ、〉 かひはあひといふに同じ意なり、万葉集に、背山お曾加比と訓たるはせがみといふが如し、それとは似て心たがへり、間といふにちかし、〈◯中略〉 かひ 峡 甲斐がね 南嶺遺稿〈第三〉かひがねといふは、山のするどく立て、諸山に勝れ目立たる峯お雲ふ、山のかひよりみゆる白雲などよむも、絶頂に在る白雲なり、甲州はするどく高き山多き故、かひの国といへりとぞ、或人の仰られしにつきて、よく思へば、俗語に甲斐々々敷といふ詞有り、又かひなきといふ詞あり、甲斐々々しきは、しかとその物の見えたるお、山の高く見えたるに准らへ、甲斐なきは功も無しといふ心なるべし、〈◯中略〉山のかひとは、峡字お訓て、字書に、山峭夾水曰峡(さかしうしてはさむみづお/そばたて)と見えたり、蜀楚の交の山に、三峡といふ山有るも、峯谷の行交て、三所峡の在れば雲ふ成べし、山の絶頂にはあらず、万葉にこの詞多くあり、そかひとも雲ひ、背向とも書り、そむきあひの略にて、山のそばだちたるお雲ふ、そかひに見ゆる、山の白雲もそれにて聞えたり、又甲斐国も、山そばたちさかしければ、かく雲ふなり、くたものヽ甲たる説は、埒もなき事なり、徂来翁が、甲斐国の道記お、中峡紀行と名付しも、是お思ひて書るなり、そがひに立るそか菊とよめるも同じ詞なり、甲斐は仮名書なり、義はあらず、 峡 かひ お この訓、和名抄に山のかひと訓り、古事記には豁八谷峡八尾と有るによれば、尾と同じく訓り、いづれにも時によるべきなり、