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東雅
二地輿
岫くきといひ、洞ほらといふと、倭名抄には見えたり、日本紀には、洞の字読てくきといふと註せられけり、上古の語に、くきといひしは漏(くき)也、古事記に、陽神火神お斬給ひし、御刀之手上(たかみ)に集る血、手俣(たなまた)より漏出(くきいづ)といふ事おしるして、漏読て久岐といふと註し、又旧事紀に少彦名命、父神の指間(ゆびのまた)より、漏落しと見えしお、古事記には手俣より、久岐落としるせし如きこれ也、されば隙ありて漏れ出べき所おも、くきといふ、間道読てくきちといふが如きこれ也、〈前に見えし穿読てうげちといふ即此也、くといひうといふは転語なり、岫も洞も山穴なれば、くきとはいふなり、洞またほらといひしは、開(ほる)也、日本紀には開の字読てほるといふ、ほるといひ、ほらといふ、また転語也、〉