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冠辞考
一阿
あもりつく 〈あめのかぐ山 かせ山〉 万葉巻三に、〈香具山の歌〉天降付(あもりつく)、天之芳来山(あめのかぐやま)、また天降就(あもりつく)神の香山雲々、〈猶多かれど略きつ〉こは風土記に、天上有山、分而堕地、一片(かたへ)為伊与の国之天山、一片為大和国之香山といへり、思ふに神代紀に、美濃国の喪(も)山は天より堕たるてふ類ひに、是も上つ代より、しかいひ伝へしなるべし、しかればいづこはあれど、香山は初(はつ)国しらしヽ御時より、皇宮の鎮めともいはひ給ふからに、ことにたふとみて、天降著てふ語お、いひ冠らせしなるべし、さて安毛利都久は、安麻久太利都久(あまくだりつく)てふ語なるお、約め略きていふ也、〈安麻久太利の麻久お反せば牟となるお、廻らし通はして毛(も)といひ、且太おば略きたるなり、〉此語は巻二十に、〈天孫の天くだらしヽ事お〉多可知保乃(たかちほの)、多気爾阿毛理之(たけにあもりし)、須売呂伎能(すめろぎの)、可未能御代欲利(かみのみよより)、巻二に、〈天武天皇吉野より美濃へ幸給ふ事お〉和射見我原乃(わざみがはらの)、行宮爾(かりみやに)、安母理座而(あもりいまして)、天下(あめがした)、治賜(おさめたまひし)などもあり、〈◯中略〉 天の香山は、大和国高市郡にあり、且此山は、古事記に、〈倭建命の御歌〉阿米能加具夜麻(あめのかぐやま)とあり、同じ記に、天お阿麻(あま)と訓べきおば、そのよし注し分て、他(ほか)の天は、皆あめと訓ことお、知しめたるなどに依に、此山は、古へは阿米(あめ)の加具(かぐ)山と唱へし也、又香山此は雲介遇夜縻(かぐやまと)と神武紀に注し、古事記に加具(かぐ)とかき、香土お訶遇突智(かぐつち)とかけるなど、かくのくお濁ること明らけし、〈集中には、訓にまかせて、香来山、香久山など書たるは、仮字なるお、後世人香の来る事也といひ、且かくのくお清て訓などは、皆よしなし、〉