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大和物語

しなのヽくに、さらしなといふところに、男すみけり、わかき時に、おやはしにければ、おばなんおやのごとくに、わかくよりあひそひてあるに、〈◯中略〉このおばいといたうおひて、ふたへにていたり、〈◯中略〉月のいとあかき夜、おうなどもいき給へ、寺にたうときわざすなる、みせたてまつらんといひければ、かぎりなくよろこびておはれにけり、たかきやまのふもとにすみければ、其やまにはる〴〵といりて、たかきやまのみねの、おりくべくもあらねにおきてにげてきぬ、やヽといへどいらへもせで、にげて家にきておもひおるに、いひはらだてける折、はらたちてかくしつれど、としごろおやのごとくやしなひつヽ、あひそひにければ、いとかなしくおぼえけり、この山のかみより、月もいとかぎりなくあかくて、いでたるおながめて、夜ひとよいもねられず、かなしくおぼえければ、かくよみたりける、 わがこヽろなぐさめかねつさらしなやおばすてやまにてる月おみて