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日本書紀
三神武
戊午年九月戊辰、天皇陟彼菟田高倉山之巓、瞻望域中、時国見岳(○○○)上則有八十梟師、十月癸巳朔、天皇嘗其厳瓫之粮勒兵而出、先擊八十梟師於国見丘、破斬之、是役也、天皇志存必克、乃為御謡之曰、伽牟伽筮能伊斉能于弥能(かむかぜのいせのうみの)、於費異之珥夜(おほいしにや)、異波臂茂等倍屡(いはひもとへる)、之多齉弥能(したヾみの)、之多齉弥能(したヾみの)、阿誤予(あごよ)、阿誤予(あごよ)、之多太弥能(したヾみの)、異波比茂等倍離(いはひもとへり)、于智氐之夜莽務(うちてしやまむ)、于智氐之夜莽務(うちてしやまむ)、謡意、以大石喩其国見丘也、