[p.0783]
老の長咄
三国に秀し富士の御山、拝せん事おとて、能登の七尾の俳士笑雅といへる老人、夏比行脚なして、不二の根かたにいたる、其地のものども登山おすヽむれども、さらにきヽいれずして、たヾ富士の根方お、十余日の日数おへつくしてめぐりおほせ、またその地へ来たりていへるには、あら尊とや有がたや、その日〳〵の景色同じからずして、中々こと葉には述がたしと、なみだおこぼして語りしとかや殊勝なる俳人なり、ゆへありてきくに、富士の大宮司は、千四百石の御朱印たり、此神主一度も登山せず、たヾ〳〵麓より拝し奉るとなん、かけまくもこの花さくやひめの御神にてましませば、はるかに拝し敬ひ奉るこそ有がたけれ、むかしよりことわざに、登りてよければ西行が登るといひしも、むべなりけらし、