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甲斐国志
八十七仏寺
巨摩郡西河内領 七面山 祀七面明神為護神、身延本院より西の方行程弐百八町に在り、山峯連綿して、中間に赤沢村十万部と雲坊あり、朝日の祖師と雲日蓮の像お安ぜり、自是拾八町下り、春気(はるき)川お済る、図経に羽良橋と名づけり、小縄〈高住赤沢〉村の域にて三処に分れて叢居あり、是まで三里、皆五十町積りなり、川向ひ一の鳥居より登り五拾町、〈◯中略〉日孝の七面大明神の縁記見于図経、寛文六年元政が深草山七面大明神縁起に曰、七面山在身延峯之西春気川之上、乃吉祥大垂跡大明神示現之霊区也、山閉鬼門而開七面、故名焉、相伝、金輪際湧出而、黄金所成矣、絶頂有池、〈◯下略〉二書説奇瑞こと巧にして、其趣は大氐同じ、池水は春気川の起源、池大神は雨畑村の所祀なり、身延鏡に、七面社は山の七分に在り、此より弐拾町登り、奥の池とて神霊の所鐘なりと雲々、北麓と雲路は、早川の方より登る、是も五拾町なり、一の鳥居の傍に僧坊一宇あり、影向石の社と雲、此にも七面明神お祀れり、巨石ありて名之、夫より本社までは八町なり、