[p.0806][p.0807]
笈雉随筆

比良岳 近江国比叡の峯は、七高山の一也、往古は二月二十二日、叡山の衆僧登山して八講あり、今は此日一僧来りて読経あるに、必海上風荒く、浦々よりも出舟せずして、水面に塵おだにも置じとの事也と俗にいひ伝ふ、〈◯中略〉嘉栗子紀行に、比良岳へ登り、山谷は皆紅葉して、えもいはれず、上り行く、頂上へは、所の人とても不行といへり、押て上り見んと、路もなき笹原お十五六町も行ば、峯は殊に風烈しく、湖水は元より、山城国中、淀、男山も見へ渡り、北面は越前、若狭、丹波の山々、東は伊吹、三上、或は彦根、観音寺山、野洲、横田川、大津、粟津、勢田迄幽に見へ、目の及ぶ限り、絶景極りなく、頂上少し下れば、小ちよんほの池あり、〈◯中略〉此比良山の尾崎、湖水へ差出たる所に白髭明神の御社有、鳥居は街道に立り、故に此池お根颪とも打颪ともいふ、