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信濃奇勝録
三小県郡
四阿山(あづまやさん) 四阿山は、上野の堺にして、此辺の高山なり、山頭は何方より見ても屋の棟の如し、故に四阿と名く、此山、東は上野、南は小県、西は埴科、北は高井郡に多くかヽれり、真田(さなだ)より登る、峯まで三里半、草深くして路なし、一丁毎に石祠お立て道のしおりとす、中央の岩室に円形の銅版あり、長さ七寸ばかり、中に立像あり、大己貴命の神体として、地主神とす、此所より西お望めば屏風岩と雲あり、径六七間、高七八尺、褐色にして文理氷裂の如し、夫より絶頂に至る、二祠あり、東は菊理(くらひめ)媛命にて、上州祠(みや)と雲、西は井奘冊尊お祠て、信州祠と雲、其回に岩石お積て風お除く、此両祠の央お信上の堺とす、六月十三日諸人登山す、此山常に寒気強き事富士よりも甚し、頂上より見渡せば、隣国の高山凡十二州にかヽりてみな見ゆる、中にも子の方に当りて、両山開る所北海お見る、烟謁の中、佐渡の山杳にして黛のごとし、 〈山家集〉かみな月時雨はるればあづまやの岑にぞ月はむねとすみける 西行