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東遊雑記
十二
岩城山は、弘前より麓まで二里半八丁、夫より頂に登る所曲道の坂三里、四季に雪ありといへども、此節残暑強くして雪なし、岩城山に権現と称す、小社あり、祭神詳ならず、〈◯中略〉 世に風景お好む人、まヽ多き中に、そのよる所予が好む所と大ひに異なり、既に芸州厳島お日本の三景に撰びて絶景の地とす、いかにも潮、入江々々にさしいれし、風景いわむかたなく、月夜などの景色、婦人などの目には胆お消す所なり、然れども境内狭く、面前に地の御前といふ所、さてよき眺望更になし、たとへて雲ば、一向宗の仏間のごとく、社塔お取除なば、何国にても数多ある風景の地なり、三景の其ひとつに撰びし事、世人誤るものか、岩城山は奇麗なる事も、美々敷所もあらざれども、山の形粗駿州の富士のごとく、白雲峯お包みし時は、其詠一ならず、眺望せる事日日にかわりて、風景のかぎりなし、厳島などの及ぶ所にはあらず、かヽる勝景にても、所もあしく、好む所によりて、世に歌われざるも、人の世にしられざるがごとし、