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西遊雑記

彦山は九州第一の高山にて、豊州筑前に跨るといへ共三所権現の御社諸堂豊前の地にあれば、豊前の彦山と称する也、〈至て大山故に、山の麓は、筑後豊後の地へもかヽるといふ也、◯中略〉扠峯より遠見すれば、周防長門の海面、筑前の浦々、肥後阿蘇山、四国路の山々迄も見ゆるといふ、平生にても、峯には雲霧閉て、晴天の日は希也、予が登りし日も、頂には白雲満々て、遠見ならず、山の中途より上は、霊木生(おい)茂て矢もいらぬ深林、獣類も数多にて、目(み)なれぬ諸鳥多しと衆徒の雲ひぬ、僧雪舟帰朝の後、当山に六年住居せしといふ旧地あり、画も残り、又自ら造りし庭あり、僻地ゆへに岩一つもとり直さずして、其儘に昔の形残りてあり、即一見せしに、今は植直し楓樹なども大木と成、自然石の石橋峨峨として、巓も苔むし、古雅成事いはんかたなし、雪舟の気象迄も思ひ察風情あり、