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春波楼筆記
予考ふるに、此鉾何の為に建て置きしと雲ふ理もなく、天より降りしにや、国常立の尊の建て給ひしにせよ、何になると雲ふいはれもなく、埒もなき事なり、全く自然天然と、鉾に似たる似象と雲ふ者なるべし、吾国神代の事は伝記なし、神代以前は、何れの異国の人住居したるや、播州石の宝殿と雲ふあり、四間四面に石お〓りて造る者人工なり、又因州に熊権現とてあり、皆柱石お以て畳む、是も人工の者にて、何の為に造りたりと雲ふ事お知らず、民俗の雲ひ伝へには、古の神、此海へ橋お掛けたまはんとし給ひしとぞ、又蝦夷地にたさりちと雲ふ処あり、是は六角の柱石の、数かぎりもなく、海岸皆此石なり、是は人工にはあらず、天然の者なり、近藤氏えとろふ島へ五度行かれし時、庄蔵とて南部の者、画およく描きしに、蝦夷地お写させ、其図お予又写せり、世界の中には、此類いか程もある事にて、蘭書中には、奇妙不思議の山水景色ある事なり、吾日本の人は、僅の天の逆鉾石お見て、奇妙なりとするは、世界の事お知らぬ故なり、