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松屋叢話
袋草紙三の巻に、曾禰好忠三百六十首歌の中に、 なけやなけ蓬が杣のきり〴〵す過ゆく秋はげにぞかなしき といふお、長能が、狂惑のやう也、蓬が杣といふ事やはあるとて、そしれるよしヽるされしに、夫木抄雑十に、家隆信実のしかよまれし歌も三首あり、今按に、古今著聞集飲食部に、道命阿闍梨修行しありきけるに、やまうどの物おくはせけるお、これはなにといふものぞと問ければ、かしこにひたはえて侍るそま麦なん、これなるといふお聞て、よみ侍りける、 ひたはえて鳥だにすへぬ杣むぎにしらつきぬべきこヽちこそすれ〈◯中略〉 杣麦は、しげりあひたるさまの事にて、もとしげり葉の約語しばといふおかよはしいひけるにや、しば山ともそま山ともいへるなどおもひあはすべし、さて木立の葉しげりたるさまお、杣といふよりうつりて、そこにいりて樵取わざするお杣人といひ、そこより伐出せしお杣木ともいへる也けり、〈◯中略〉もじも中国の新字なるに、従木従山しは、木立の義おとりてつくられたればなるべし、