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武蔵野紀行
比は八月〈◯天文十五年〉上旬、あさ霧ふかくわけ入て行に山あり、いは山と雲ふ、此山のうしろは甲斐の山、北はちヽぶなど申し侍る、それよりむさしのくに勝沼と雲所につきぬ、〈◯中略〉それよりむさし野おかりゆくに、まことに行けども果のあらばこそ、はぎ、すヽき、女郎花の露にやどれるむしのこえ〴〵、あはれお催すばかりなり、 むさし野といづくおさして分いらん行も帰るもはてしなければ、〈◯中略〉あくれば八月十三日あさ霧いよ〳〵ふかくして、道もさだかに見え分ず、馬にまかせて行、長井の庄につきぬ、〈◯中略〉やうやうすみ田川にもつきぬ、河つらおみれば、まことにしろき鳥のはしとあしとあかき鳥のむれいて、魚おくふありさま、むかしおおもひいでヽ、〈◯下略〉