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有徳院殿御実紀附録
十二
牧馬の事もとり〴〵沙汰し玉ひければ、南部仙台等の馬政大にとヽのひ、年毎に貢する良馬、むかしにくらぶれば十倍せり、其頃下総国小金(○○)および佐倉(○○)に牧おひらかれ、野飼の馬多くはなたれしが、いくほどなく子お産して、年々に名駒多く牽来りしお、御みづから台覧あり、近習の人々に仰せて、乗こヽろみさせ玉ひ、または騎射つかふまつる番士等に賜はる事もありし、近臣にては土岐大学頭朝澄、馬役には斉藤三右衛門盛安、代官は小宮山杢之進昌世この事奉り、つねにかしこに往来して馬役お沙汰せり、また甲斐国(○○○)にも牧場お開かれ、これおも引来れば、必らず御覧ありしなり、また蘭舶に托して、ばるしやの馬おめしよせられ、かの地にも我国の馬おわたされしなり、