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明良洪範
十八
朝倉義景の家士に、松木内匠といへる武士、年来の仇ありしに、彼が為にはかられて終に討れ、又それが一子十才ばかりなるお抱きて、妻は山中に落行たり、此子廿歳ほどになり、松木某といひて、件の仇お尋子もとむるに、敵は己が領地に家作し、四方に堀お構へ、夜は橋おひきて用心きびしければ、〈◯中略〉乞食と成て敵の家に到りて窺がうに、門戸の出入きびしくて入べき便なし、台所の上にけぶりお出す引まどの有て、其外は井にして車釣るべ(○○○○)お掛たり、よく見おおほせて帰り、深夜に及びて往て見れば、門前の橋お引たれども、水おおよぎて堀お越し、門内に入、夫より屋根に上り、引まどより這入、釣るべの縄おつたひて下りんとするに、縄切て井中に落入りたり、其音家内にひびきければ、家人ども驚き起出て、井中に何かおちたるとひしめけば、突べしと井中に聞えしかば、こは協はじと思ひ、人のおちたる也、引上玉へと呼はる、盗人ならんただ突き殺せといひけれども、主人聞て先引上てよといへば、さらば縄わ下すぞ、取付よと雲て、数人して引上たり、〈◯下略〉