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塵塚談

古井には大毒あり、人むざと入ものあれば即死す、故に熟酢数升おそヽぎ入、或は鶏羽お落し見て、入ものなりといふ、愚老顧に毒あるにあらず、年お経る事久しきゆへ、井の底に滓濁積りて凝聚し、水土の気のみになりて、天の風気底まで通はざるにより人お殺す、人は天地の気お得て保生するに、天気とヾかず、水土ばかりの偏気の中へ入るにより死す、海川にて沈溺するも、水気のみ多くして、天気陸地のごとくかよはぬがゆへなり、糀室穴倉にても、時により呼吸息迫する事あり、又金銀銅山にて、金掘共が穴中へ灯火おともし持入る、深く穿入て天気通はざる所に至れば、其灯火たちまちに滅て人も死す、ゆへに灯火きゆると、急に逃出るとかや、是等もみな古井に入て死るも同じ理なり、