[p.1032][p.1033]
古今著聞集
八孝行恩愛
昔元正天皇の御時、美濃国にまづしくいやしきおのこ有けり、老たる父おもちたりけるお、此男、山の本草おとりて、其あたひおえて、父お養けり、此父朝夕、あながちに酒おあいしほしがりければ、なりひさごといふものおこしにつけて、酒うる家に望て、つねにこれおこひて、父お養、ある時、山に入て、薪おとらんとするに、苔ふかき石にすべりて、うつぶしにまろびたりけるに、酒の香のしければ、思はずにあやしくて、其あたりお見るに、石の中より水ながれ出る所有、その色酒に似たりければ、くみてなむるに、目出たき酒也、うれしく覚て、其後日々に是お汲て、あくまで父おやしなふ、時にみかど〈◯元正〉此事お聞召て、霊亀三年九月日、其所へ行幸ありて、叡覧ありけり、是則至孝の故に天神地祇あはれび、其徳おあらはすと感ぜさせ給て、美濃守になされにけり、家ゆたかに成て、いよ〳〵孝養の心ふかヽりけり、其酒の出る所お養老の滝と名付けられけり、これによりて、同十一月に、年号お養老とあらためられけるとぞ、