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温泉は、即ち天然に涌出する所の湯泉にして、旧くは之おいでゆと雲ひ、又音読して、うんせんとも称せり、我国元と火山に富む、故に温泉頗る多し、就中摂津の有馬、伊豆の熱海、相模の箱根、信濃の筑摩、上野の草津、下野の那須、陸前の名取、羽前の温海、加賀の山中、但馬の城崎、紀伊の牟婁、伊予の道後、筑前の武蔵、豊後の速見等は、古来最も有名の温泉なり、 我国人が、温泉に浴して病痾お療治せしことは、其起原遠く神代に在り、而して舒明、孝徳、斉明、文武等の天皇が、有馬、牟婁、伊予等の温泉に屡々行幸し給ひし事は、国史之お載せ、聖徳太子が、伊予の温泉に浴して、碑お湯岡に立てたる事は、伊予国風土記の記する所なり、〈伊予国風土記には、景行仲哀の二帝も、伊予の温泉に行幸ありしことお記せり、〉又中古以後には、官人の浴湯に公暇お賜ひ、其往還に官符お給せしことなども見えたり、以て当時頗る浴湯お重んぜしことお知るべし、後世浴湯の効能、及び浴法等に就きて、之が研究お試みたるものは、実に後藤艮山、香川太仲等に始まる、又湯性お考へて仮温泉お造くることも、太仲等の創始する所なり、 古く塩湯と称するものあり、思ふに海水お煮て温湯お造り、以て浴療お試みしならん、或は直に海水に浴したるものもありしなるべし、