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摂津名所図会
有馬郡
有馬温泉 湯山町の中間にあり、京師より十四里、大坂より九里、浴室一宇、湯槽の深さ三尺八寸、横の広さ壱丈弐尺五寸、竪の長さ弐丈壱尺、底は鋪石にして、其石の間々に竹筒お挟む、其中より沸泉す、味鹹して潮水の如し、室内お中分にして、南向お一之湯といひ、北向お二之湯といふ、〈◯中略〉 当山薬師仏の十二神将お表して、十二坊あり、後世温泉繁昌し、八坊お加て今廿坊となれり、みな二階三階造りにして入湯の旅客お泊る、これより以外の民屋旅客お止る家七十余軒あり、これお小宿といふ、二十坊の家毎に二婢あり、一人お大湯女と称し、都てこれお薩々(かヽ)と呼ぶ、一人は十三四才より十八九歳までの若婦、美顔お撰んで紅粉お施し、容色お荘る、これお小湯女といふ、その家々に名お定て代々に伝ふ、これお通り名といふ、二婢共に入浴の旅客に随従して、入湯の時刻おしらせ、浴衣お肩にかけて案内し、衣類お預りなどして、侍女の如くす、あるひは酒宴の席に出て歌お諷ふ、これお有馬節といふ、鄙びたる調子のうち上て諷ふさま、古雅にして殊勝に覚へ侍る、