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古今著聞集
二釈教
行基菩薩、もろ〳〵の病人おたすけんがために、有馬の温泉にむかひ給ふに、武庫山の中に壱人の病者ふしたり、上人あはれみおたれてとひ給ふやう、女なにヽよりてか此山の中にふしたる、病者答ていはく、病身おたすけんために温泉へむかひ侍る、筋力絶尽て前途達しがたくして、山中にとヾまる間、粮食あたふるものなくして、やう〳〵日数おおくれり、ねがはくは上人あはれみおたれて、身命おたすけて給へと申、上人此言葉お聞て、いよ〳〵悲歎の心ふかし、則我食おあたへて、つきそひてやしなひ給ふに、病者いはく、われあざやかなる魚肉にあらではしよくする事おえずと、是によりて長淵のはまに至りて、なましき魚お求てこれおすヽめ給ふに、同じくは味おとヽのえてあたへ給へと申せば、上人みづから塩梅おして、其魚味おこヽろみて、あぢはひとヽのふる時すヽめ給ふに、病者是おぶくす、かくて日お送る、又雲、我病温泉の効験おたのむといへども、忽にいえん事かたし、苦痛しばらくもしのびがたし、たとへおとるに物なし、上人の慈悲にあらでは、誰か我おたすけん、ねがはくは上人我いたむ所のはだへおねぶり給へ、しからばおのづから苦痛たすかりなんといふ、其体焼煉して、その香ひはなはだくさくして、少もたへこらふべくもなし、しかれども慈悲いたりてふかきゆへに、あひ忍て病者のいふにしたがひて、其はだえおねぶり給に、舌の跡紫麻金色と成ぬ、其仁お見れば薬師如来の御身也、其時仏告雲、我はこれ温泉行者也、上人の慈悲おこヽろみんがために、病者の身にげんじつる也とて、忽然としてかくれ給ひぬ、其時上人願お発して、堂舎お建立して、薬師如来お安置せんと願し、其跡お崇と思ふ、必勝地おしめせとて、東にむかひて木葉おなげ給、〈山良の木〉すなはち其木葉の落る所お其所とさだめて、今の昆陽寺お建給へる也、畿内に四十九院お立給へるその一也、