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古史伝
十八神代
箱根は、桓武天皇紀には筥荷とも有て、相模と駿河との堺なるが、相模に属る足柄山の嶺続にて、万葉に、足柄乃筥根飛超行鶴乃雲々、また安思我良能波姑禰乃夜麻爾雲々など、足柄のと詠たれば、古より相模国に属たり、〈◯註略〉箱根之元湯是也とは、箱根に、蘆湯、木賀、底倉、宮城野、湯本お始め、数所にある湯の元は、伊豆国の神湯なりと雲る義と通ゆ、然れば其間は隔たれど、大分速見の湯お、下樋より伊予国に渡し坐るに準へて思へば、此も地下には幾筋も下樋も通して、神湯お渡し給へるなり、斯て此嶺に、式外なるが大社あり、祭神お書等に、天忍穂耳尊とも、彦火瓊々杵尊とも、彦火々出見尊とも有れど、此国辺に右の天皇命神だちの斎はれ給ふべき由なし、〈此由は古学に明ならむ人は自に弁へなむ、〉然れば決めて此段なる二柱神お祭れる社なるべし、