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類聚名物考
地理三十五
四万温泉之来由記 抑上野国吾妻郡四万の郷の温泉は、昔日延暦年中、坂上田村丸為東征に此郡に来り、此山巡狩し給ふ折節、御心不例おはします時、一人り老翁忽然として田村丸の前に来りて告て曰、此所に名湯有り、将軍此湯にて浴し給ば、則病苦お治し給ふべし、又は諸人のため、願ば将軍此地江温泉お開き、并医王の尊像お安置して、衆生の病苦お救ひ給ば、武功も益天下に揚らんと雲おはつて不見、田村丸老翁の教にまかせて、山中お見れば、果して温泉あり、わき出る事四万所、名郷曰四万、淡味在、鹹味有、或は浴、或は蒸、能百病お治る事妙にして、誠に無双の名湯也、便於此所田村丸一宇建立し、伝教大師御作薬師如来之像安置し給ふ、しかりといへども、未だ時節至ざる歟、世に知る人すくなし、依て予謂、今新に、縁記お書抜、世にあらわさば、病お愁る人のため、又は当地の繁栄ともならんかし、委くは本書有之、略して出之者也、〈◯下略〉