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越後名寄
九魚沼郡
大湯 上田郷薮神庄 温泉、大湯村にあり、さなし川の端也、凡居家十二軒、尾上お町場(てうば)と雲、昔日白峯の銀山盛りし時に、援は辺邑(たにさかい)、銀山迄八里、人跡無之、万荷物付上、銀鉛の付下、駅舎の要所にて甚賑ひけり、 温湯は下町川の方にて、浴人の旅店有、湯守桜井利兵衛、則村之長也、温泉の権輿不定、 浴料留湯三百七拾五銭、日数は幾日にても、総湯百銅、同幾日にても、総湯にて油代毎夜一人一銭宛、座敷代一夜百銅、木銭共に定法也、然運上お貢、又湯之谷の村里配分して割取也、 此当り駒が岳不遠、雪厚く厳寒耐へ兼るに、湯本は雪もさのみ不多、三冬の日にも鈍寒暖也、此所も賤地不自由にて、小出島の市場にて用事お達す、然れども松之山には遼勝れり、〈◯中略〉 温室総長屋作り、南の端一間囲て、六尺方の壺有、深さ座して鳩尾の当り、滝有、是お留湯と雲、出入の扉の鍵に札板お付て、姓名お印し、順番に入、留湯に入る人、総湯に入ことお不禁、其次に総湯、槽方六七尺なる三つ有、一つの壺に滝有、共に昼夜貴賤入籠るなり、北の端に三間構へて、悪瘡の入所とす、又村の後さなし川の崖阻へ、湯お筧にて廻し下して、滝お作りてうたるヽ也、凡温泉清潔にて、甚熱く、水お加へざれば入難し、水お交ても清し、 羽州温海の温泉、厳く熱く清し、水お加へければ濁りて淡白し、 有馬の温湯にて幕の湯と称するは、温室に幕打て、其人独浴し、外人は皆揚て不入、幕代銀子一枚也、援にて留湯と雲が如し、主治、中風折傷、打身、疝気、脚気、痞積、疥癬、小瘡類、楊梅瘡、癩風、