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秋山の記
秋の山見にとにはあらで、此三年が間、足曳のやまひに罹づらひて、世のわたらひも何もはか〴〵しからぬ、斯るお、昔は但馬の城の崎の温泉に効験見しかば、此度も亦思し立るお、後りに立て来る人も、年比深うそみし事あればともにとて、はヽそ葉の仰せのまヽに召連るヽなりけり、長月の十日あまり二日といふ日首途す、〈◯中略〉 扠故郷出でヽ七日と雲に、志す所に来たる、なやと雲所より軽ま舟もとめて漕れ行く、此間山も川も旧見したヽずまひながら、昔は春山の霞こめたる空の気色も、己が齢も最若かりし程なりき、今や二十年経し心には、朝立つ河霧の覚束なさヽへ添ひて、古きお忍ぶ涙ぞ、秋の時雨めきたる、江山皆旧游と誦んじつヽ行く、古へ堤の中納言の援に浴すとて来られし時、夕月夜おぼつかなきおと詠みませし二見の浦は、此わたりと雲お聞て、或人、 けふ幾日とりも見なくに玉くしげ二見の浦のあさあけの空