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十寸穂の薄
四牟婁郡
温泉 熊野湯の峯の温泉、世所謂真熊野湯是なり、温泉論曰、紀州湯峯温泉、其色昊潔、其味微鹹而甘、頗有鉄臭、其気極熱雲、湯の峯薬師堂五間四面、豊臣秀吉建立、薬王山東光寺と称、本尊薬師仏は、昔温泉の泡凝而成石、色黒し、其化石おもて薬師如来の坐像に造る、往古は此薬師の胸の間より温泉涌出なり、右の胸の間湯の穴一つ、御光の内湯穴二つ有之、温泉四坪、みな筧にて湯お引、東光寺の庭の内、東の方巌穴より湯涌出お筧にて取之、上の湯と称す、不断留湯なり、温泉湯口は熱気甚強く、近辺湯煙立昇りて、霧の如く空曇時は尚甚し、湯口にて食物お煮、或は白米お布袋に盛て湯口に浸置ば、暫時飯と成、但諸物の内に大根ばかりは煮ても難煮といふ、其理は得会しがたき耳、