[p.1097][p.1098]
筑紫紀行

廿九日、是より山坂お十余丁登れば三坂峠、峠より二十丁許り下れば、塩田越と柄崎道との追分あり、次に下宿人三丁許に立ちつヾきたる、皆農家にて茶屋もなし、十丁許行ば嬉野宿、〈柄崎より是迄三里十三丁〉佐賀の御領なり、人家百余軒、宿屋多く、茶屋もあり、申刻頃大田平七といふにつきて宿る、此所に温泉あり、町屋の南裏の川端なり、川の中よりも湯涌出、湯艚すべて七あり、十文湯二、五文湯三、留湯二なり、湯艚ごとに、湯口水口左右に分れあるお、浴する人の好みに随ひて加減おし、或は熱お好めるは湯口に近く居、ぬるきお好めるは水口に近く居て浴するなり、効能は腰痛お癒すお第一として、其外も万づによしといへり、