[p.1117]
有馬山温泉記
凡此地の温泉は、天下にすぐれたる名湯なり、病に応ずれば甚妙効あり、いづれの温湯にも、浴せんとせば、先其病症に、湯治の相応すると相応せざるとおよく考ふべし、この湯は、相応の病なれば甚しるしあり、手足なへしびれ、筋骨ひきつり、のべかヾめかなひがたく、脚気の病、高き所よりおち、或落馬し、おしにうたれ、一切の打身、金瘡の愈かぬるによし、皮はだへの病、すべて外症によし、又寒冷の病によし、此等の病に浴すれば大に効あり、他の湯にまされり、気血不順の症、腹中の滞にも、かろく浴しあたヽめて、気おめぐらすべし、然れども内症の病には応ぜず、浴すべからず、邪熱虚熱ある人には、はなはだあしヽ、病おそへてあやうきにいたる、必つヽしみて浴すべからず、世上に病症おえらばずして、何の病にもよからんとて入湯する人あり、はなはだあやまれり、相応の病症にあらずは入湯すべからず、益なきのみならず害有、又浴して何のしるしもなく、又害もなき症あり、かくのごとくの症には、浴する事無益なり、およそ浴して益あると害あると、益も害もなきと、此三の病症あり、よく〳〵えらぶべし、害有症と益なき病には入湯すべからず、