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丙辰紀行
大井川 大堰河は駿河と遠江との境なり、明日香川ならねど、霖雨ふれば淵瀬かはる事たび〳〵なれば、東の山の岸お流れて、島田の駅、河原の中にある事もあり、西の方に流れて、金谷の山にそふ事もあり、一すぢの大河となりて、大木沙石お流す事もあり、あまたの枝流となりて、一里ばかりが間にわかるヽ事もあり、さればいにしへより徒杠輿梁もなり難き故に、往来の人馬、川の瀬お知らざれば、金谷に待つもあり、島田にとヾまるもあり、渡りかヽりて溺るヽ者もあり、辛ふじてむかひの岸に至るもあり、島田の民おのが家は漂ひ流るれども、旅客の囊おむさぼる故に、洪水およろこぶ、売炭翁が単衣にして、年の寒きお待つが如し、河水の家お流し田おそこなふ故に、防鴨河使、防葛野河使お置かれし昔の事も、唯今思ひ出ざらんや、 尋常掲砺必過腰、叱馬呼奴魂欲消、来往就中何処苦、無舟無筏復無橋、