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蝦夷草紙

大河の事 一壙き地には大河あり、狭き地には大河ある事なし、日本の西海道に大河なく、東山道に大河多し、援お以て推量すべきなり、蝦夷地は日本地に勝れる広大なる土地なれば、大河も多し、西蝦夷地にいしかり(○○○○)といふ河有て、蝦夷地第一の大河(○○○○○○○○)なり、又東蝦夷地にはとかち(○○○)といふ河有て、蝦夷地第二の大河なり、先いしかり河は、夷舟に乗て源の方に遡る事凡九日にして、河上の河辺に蝦夷土人住居の村々あり、此いしかり河は、鮭の塩引お出す所にて、秋にいたれば毎年数十艘の日本の商船渡海して、此河の内に船がヽりして滞溜するに、風波の愁もなし、縦数百艘の大船輻湊するとも狭もせず、此河時として標根其まヽ具へたる大木流れ出る事数おしらず、人皆是お視て、河上の地中に大雨降たるべしといえり、是源の河岸あふれて出るものかといへり、地中壙ければ、此流樹の出所お知る人なし、河尻の海近き処は潮夕の干満ありて、河幅凡五六百間あり、