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千曲之真砂

小野滝 是は上松より須原へゆく間にある滝なり、当国にならびなき大滝なり、万仞の高嶺よりたヾちに落て、水煙四方に霧おふらし、嵐も吹かず、その響いとすさまじ、銀河の九天より落るともいはんか、されど名所歌枕に入らず、昔細川玄旨法印幽斎翁この所お吟行し給ひしも、木曾路の小野の滝といへるは、布引、箕尾ほどにもおさ〳〵おとりやはする、これほどのものヽ此国の歌枕には、いかにしてか洩しぬるやと雲給へり、また丙寅のとし烏丸左大臣光栄卿の紀行にも、小野のたきといふ有、そばだちたる巌のことに高きより、ものにもさはらで一すじにぞ落ける、 妻木こる小野の名高き滝なれや山かすかなる中に音して と詠じ給へり、是より名所のやうに成ぬ、その後は堂上の歌も多くありとなむ、歌枕として風景のおもしろき事、いづくに有べうもなし、