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西遊記

竜門の滝 滝は、紀州那智山の滝天下第一、其次に日光山の裏見のたきといふ、那智のたきは日本のみならず、唐土にても是程の滝はなきよしなり、其外は中国、九州、四国の間に少しの滝はあれども、大なる滝はたへてなし、那智、日光の二つのたきは、予いまだ見ざれば論ずる事あたはず、隻隅州加治木の北に、竜門の滝と名付るあり、昔唐人加治木の港に入船せし頃、甚此滝お愛して、常々此所に遊び、唐土の竜門の滝お見る心地せりとて、此滝おも竜門の滝と名付けるとぞ、幅五六間、高さ二十間計とも見へたりしが、其地の人に聞ば、高さ五十間に幅十間ありとぞ、是は隻仰山にいふなるべし、然れども誠に見事の滝にして、数丁の外に響き、予が遊しときも、昼の八つ過の事なりしが、滝の中より虹数十条起り、錦お織れるが如く、殊に見事なり、壺壺猶深し、此中に大なる亀年久敷住るよし、甲のわたり四五尺計なり、此地の人は毎度見る事有ありとぞ、予漫遊の間に見たる滝にては、是お第一とす、然れども格別の辺土なれば、其名おだにしる人なし、おしむべし、其後又肥後国求麻の山中にて、かなめの滝といふお見たり、竜門の滝よりは小なれども、又見事の滝なり、滝の上より十間余の材木お流し落すに、滝壺甚深くして、其材木真逆様に滝壺に入るに、ことごとく滝壺に沈み入りて、しばらくしてやう〳〵に再び浮上るといふ、されば滝壺の深さ何十間といふ底おしりがたしとなり、誠にさも有ぬべく見ゆる滝なりき、