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南遊行囊抄

猿沢の池 興福寺の南、大門の下、大門の南なり、隔大道程近し、池の広さ東西五十間余、南北四十間余あり、池中に鯉鮒多し、人是お取ことなし、池中に穴ありて竜宮に通ずと雲々、伝雲、昔此池辺に猿多集お、池水にうつれる月影お見て其影お取んとて、手に手お取組て池上に臨むに、一の猿其手お放ければ、猿多水に入て溺死す、其より猿沢と号と雲々、彼猿お埋みたるしるしとて、池の側に松あり、一説には松院と雲し、寺に弘法大師住し給しに、勤行の時猿菓お持来て大師に与ふ、或曰、其猿仏壇のもとに来て死す、大師是お憐て此池辺に埋み墓お築る、夫より猿沢と雲と、