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都のつと
みちの国浅香の沼おすぐ、中将実方朝臣くだられけるに、此国には菖蒲のなかりければ、本文に水草おふくとあれば、いづれもおなじこと也とて、かつみにふきかへけると申つたへ侍るに寛治七年〈◯堀河〉郁芳門院の根合に、藤原孝善がうたに、あやめぐさひくてもたゆくながきねのいかで浅香の沼におひけん、とよめるは、此国にもあやめのあるにやと、年月ふしんにおぼえしかば、此度人にたづねしに、当国にあやめのなきにはあらず、されどもかの中将の君くだり給ひし時、なにのあやめもしらぬしづか軒ばには、いかで都のおなじあやめおふくべきとて、かつみおふかせられけるより、これおふきつたへたる也と、かたり侍しかば、げにもさる一義も侍るにや、風土記などいふ文にも、その国の古老の伝などかきて侍れば、さる事もやとてしるしつけ侍る也、