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阿波名所図会

鳴門 阿波淡路の境にして、阿波の国板野郡撫養浦にあり、門の間十七八丁、大海より満来る潮も、中国の海より于る夕も、満于ごとに此門にあつまれば、夕のはやき事矢のごとく、水勢のつよき事、盤石の転倒にたとへんもさらなり、されば順水にあらざれば、風帆も此門お渡事かたし、此門の間阿波地より淡路潟へ、瀬の巌つヾきて見ゆれば、水底深しとも見へざりき、瀬の左右は深き事底おしらず、此門于夕の時は一方ひくヽなりて、一方より落る水滝の如く、満夕の時は、大海より夕みちくれば、瀬あたりて立のぼる、浪落ればこと〴〵く渦となる、其高く巻あがりたる白浪に、朝日影のうつろふ景色、また門わたる舟の夕にひかれて、飛鳥のごとくなるありさま、画にもいかでとおもふ絶景なり、尋常の夕の満于だにかヽる景あり、三月三日の夕于は、海原大に高下ありて、倭国第一の瀬戸なれば、鳴門の夕于とてなだヽり、