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東遊雑記

象潟の勝景は此地なり、市中五百軒、商家漁家交りて大概の町なり、船入自由ならずして、大船は五六艘ならでは入らず、小船は橋の下までも入る事なり、〈◯中略〉扠象潟の事は、世に名高く、八十八潟、九十九島、一眼に見へ渡りて、風景松島につヾきて、無双の勝景と称誉せる所ゆへ、予年久しく一見の大望なりしに、幸ひお得て此日援に来りて、委敷一覧せしに、百聞一見に不及とて、兼て思ひしとは大ひに違ひて、名高き程の勝地にあらざるゆへに、一度は力お落し、一度は世人の愚眼お思ひぬ、古しへはしらず、今は一眼に見渡せる事は、他山に登りて一見せばいかならんや、蚶満寺の境内よりは八十島は見ゆる所なし、北の方には民家の墓所にて見苦敷、南東の方には蒹くろなど雲るおのせならべ、干潟は無名の草茂り、枯木破竹抔打散てきれいなる所は希なり、夕入僅なる口より差こみ、蚶満寺おくる〳〵と取廻して、島々の風景も広く、あしき所にはあらざれども、名に聞しよりは悪し、九州薩摩の坊の津、桜島抔にくらべ思ふに、桜島、坊津勝たり、此地はいかヾの事にて名の高き事にや、不審なる事なり、