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西遊記続編

吹上の浜 諸国に吹上の浜といふは、数多所あり、海風荒く遠浅の浜に、白砂お吹上る地お、いづかたにても、吹上と名付るなるべし、就中すぐれたるは、薩州西南の浜の吹上なり、其海元より限なき大洋にて、風荒ければ白砂おうづ高く吹上、又是お吹ちらすゆへに、其砂の高低さだまらず、殊に浜長く数十里お一目に望む、潔白の海上にて、白砂一点の塵もなく、風景不双なり、此吹上の浜の蜒乙女のよめるとて、むかしより彼地に名高き和歌あり、 吹上の松は真砂に埋れて老木ながらの小まつ原哉、是は三藐院殿の、坊の津へ左遷まし〳〵て、暫く滞留おはせしとき、此和歌聞し召て、かんぜさせたまひしとぞ、また自らよみて蜒乙女なりと宣ひしとも雲伝ふ、余も例の出次第に、 秋風の真砂が上に渡るなり夕日うすづく吹上の浜と口ずさみて過つ、三藐院公の御借座は、わづか暫の間と聞しに、此公ましませし余風にや、今にいたり此国は和歌おこのむ人も多く聞ゆ、