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紀伊国名所図会
二海部郡
和歌浦〈今西南出島浦あり、上古はこヽの洲なくて一めんの干がたなり、◯中略〉当浦は、扶桑において名たる勝地にして、古人の秀詠多ければ、壱人一首お粗しるせり、東西廿余町ありて、浜松の色濃、あしべの田鶴、波間のちどり、江水は洋々たり、東方には名草山、金剛宝寺のかねの声は、悠揚として月に清く、霜にさえたり、東南には生石が峯つらなりて藤白の御坂翠巒たかくそびへ、麓には冷水浦、塩津浦のみなと賑はしく、西海、北海、四国の商船、あるひは関東廻りの出船入船ありて、商家の軒おつらねしも鮮に見えわたり、西南は蒼海漫々として、大鳳九万里に羽お打俤あり、うらの初島、あら磯にみるめかるわらは、千尋の底にあはびとる海士、潮汲むしづのめ、みな世おわたる業くれさま〴〵にして、いづれか哀れならざるはなし、〈◯下略〉