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大地震暦年考
地震略説 菱洲山人編 西洋の窮理の説に、大地の震動するは、その源は地下にある火坑より発す、火坑は全地球の中にあまたありて、吾邦の中にその源二つあり、一つは中州〈駿遠甲信豆相〉一つは蝦夷の地にありて、その火脈遠く異邦までもおよび、火坑の形状はたとへば埋み火の如く、自然に地気お蒸あげて、万物これが為に生育す、此故に先地震はじめて発する時、煙気地上に蒸騰て、暫時のうちに空中お掩ひ、星宿光輝お失ふおもつて験とす、その今まのあたり見聞し、常に形容おみる者は、信州、肥州、薩州、日州、豆州等の山々、その外尚多し、火脈の流通せざるは旅西亜国の東南の地、亜米利加国の北の地方に多かり、これらの地は荒漠(あれはて)て、草木すら生育せず、火気の流通せる地方は、殊に膏腴にして万物肥摎す、これ造物者の奇巧なるかな、しかれどもかくの如き広大利用おなす者は、害お生ずるも又極めて大なり、地震津浪のるい是なり、前に言る火坑全地に圧仰られ、至て至静なるもわづかに空気の通へる事あれば、焰気これが為に発動し、大地お震動す、甚だしきに至りては、山岳おも震ひ崩し、砂石お噴起し、民家お取り、衆人害お蒙り、山河陵谷所おかへるにいたる、遠くは意太利亜国の一都会、地下に埋没(うづもれ)て、人民草木畜るいこと〴〵く尽たり、近時吾邦の越後、信濃、畿内、紀伊、伊勢、伊賀、伊豆、駿河などの地震津浪あるこれなり、火脈は一条より幾条にもなるがゆえに、隣国に相接の地、損害多かり、これは火気に当ると否らざるによれり、神社仏閣の破損少きは、礎の距度、棟梁の高低、尋常の家造りに異なる故なり、洪浪もまた火気の海底に噴起りて、海潮これがために勃蕩するにて、地震するごとに洪浪かならず起るといふ埋ありといふにはあらず、ただ火気の海中に起るとおこらざるによれり、あるひは地震の為に洪水おおこすものあり、これは火気発動するが為に、山脈お毀ち、地下お通ふ水源お沃ぎ、川谷お注(さく)るに起る、また洪浪のるいは、山谷の狭隘(せま)き地は害多く、平坦に開豁(ひらけ)たる地は害少なかるべし、その理いかにといふに、狭隘き地は水勢吹あがりやすく、平坦の地は障るものなきがゆえに、水勢すみやかに衰へるなり、大概かくのごとし、