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武江年表

安政二年十月二日、細雨時々降る、夜に至りて雨なく、天色朦朧たりしが、亥の二点、大地俄に震ふ事甚く、須臾にして大夏高牆お顚倒し、倉廩お破壊せしめ、剰その頽たる家々より火起り、熾に燃上りて、黒煙天お翳め、多くの家屋資財お焼却す、神宇梵刹は輪奐の美お失ひ、貴賤の人家は鱗差の観お損ふ、尊卑の大患、東都の物恠何事か如之、凡此災厄に罹りし儔、家族に離れて道路に逃漂、甚しきは圧に打れ、炎に焦れて生命お損ひしもの数ふるに徨あるべからず、号哭痛喚の声閭閻に満ち、看るに肝消え、聞に魂奪はる、其顚末委曲に演る事お得ざれば、左に大略お挙ぐ、凡このたびの地震、江戸に於ては、元禄十六年以来の大震なるべし、〈今夜四時より明方迄三十余度震ひ、其余十日迄百二十余度に及べり、◯下略〉