[p.0001][p.0002][p.0003]
獣は、けもの、又はけだものと雲ひ、古くは又、けのあらもの、けのにごものとも雲へり、支那に六畜の名あれども、我国にては其説区々にして、甚だ詳ならず、
神代の時、大己貴命、少彦名命の二神、勠力して天下お経営し、又人類及び畜産の為に其療病の方お定め、又鳥獣昆虫の災異お攘はんが為に、禁厭の法お定め、又仁明天皇の承和十二年三月、山城国綴喜相楽の両郡、蝱虫多く、好みて牛馬お咬み、咬めば即ち腫る、依て治疫方お賜ふと雲ふ、蓋し是れ皆獣医の事なり、
古人は獣肉お以て常食とす、然るに天武天皇の四年四月、詔して牛、馬、犬、猿、鶏の肉お食ふことお禁ぜらる、蓋し牛馬は、人に代て勤労し、犬は人の門戸お守り、猿は其状人に近く、鶏は時辰お報ず、故に此禁ありしならん、大宝令制定の時に至り、凡そ畜産人に觝るヽ者は両角お截ち、人お踏む者は之お絆し、人お齧む者は両耳お截つ、称して標幟羈絆の法と雲ふ、若し夫れ、畜産狂犬畜養、法の如くならず、或は官私畜産お放て官私物お損食するもの、或は五等以上の親の畜お殺す者、或は畜産、他人の畜産お殺傷するものヽ如き、並に其制あり、
牛はうしと雲ひ、犢はこうしと雲ふ、犢は即ち牛子なり、神代紀の一書に、月夜見尊、保食神お殺しヽ時、其頂化して牛馬と為ると雲ふ、牛馬の事始て此に見ゆ、特牛は此にことひと雲ふ、即ち大牛なり、其物お負ふこと殊に多し、故に斯く謂ふと雲ふ、若し其毛色お雲へば、黄牛あり、あめうしと雲ひ、又あめまだらと雲ふ、又烏牛あり、まいと雲ひ、又くるまいと雲ふ、又〓牛あり、ほしまだらと雲ふ、
馬はうまと雲ひ、駒はこまと雲ふ、駒は即ち小馬にて、馬の子の謂なりと雲ふ、されど必しも又馬の子にのみ称するにあらず、汎く馬お駒と称する事もあり、馬は主として九州の南部、及び奥羽に産し、其毛色種々あり、而して其名お呼ぶには、大抵毛色に依る、馬は古来名馬甚だ多く、甲斐の黒駒、生唼、摺墨等の如きは、人ろに膾炙する所なり、犬、仲、猫、羊、豕は、牛馬に亜ぎて人家に畜ふものにして、犬は夜お守り、猫は鼠害お除き、羊、豕は食用と為し、或は毛皮お採る為に供す、而して仲は隻娯薬に供する為にするものなり、鼠は人家に棲息して、多く物品お齧毀し、甚だ人に悪まる、而して鼠の属は非常に多くして、山野及び水中に棲息するものあり、
鼹鼠(うころもち)は田畑の土中に棲みて、多くの穀類の根お害し、鼬鼠(いたち)、貂等は古屋若しくは山野に棲み、皆鼠の類に属す、而して其皮肉は皆大に効用あり、其内鼯鼠(むさヽび)は善く空中お飛ぶ、蝙蝠は鳥に類する獣にして、空中お飛ぶこと鼯鼠よりも巧なり、兎、鹿は山野に生長し、其皮肉共に世用に供す、且つ鹿は神社の境内に養はるヽものありて、其角亦大に世に用いらる、
猿は山中に棲み、其性状最も人に近し、而して猿は猨の俗字にして、てながざる、即ちえんかうなり、されど我国には猨なく、所謂さると称するものは、皆獼猴、又は猴なりと雲ふ、狒々、猩々は、猿の類にして、狒々は山𤢖、又は山童と称するものと同一なりと雲ふ、此他野女、網両等、皆人に近き一種の怪獣にして、狒々の類に外ならざるが如し、狐は一種狡滑なる山獣にして、能く人お魅するものと信ぜらる、是お以て古来之お利用して狐お使役し、吉凶お前知するなど称して世お害するものあり、因て又世人之お恐れ、稲荷大明神の神使と号し、遂に直に之お祀りて崇拝するに至れり、
狸、猯、狢は略〻同一のものにして、其性状稍〻狐に類す、
狼、犲、熊、羆、野猪等は、皆深山に棲む猛獣にして、人お害す、
獅子、虎、豹、犀、象、駱駝は、我国に産せざるものなり、されど古来三韓又は支那より輸入して、史上多く其事蹟お存す、麒麟は支那にては霊獣と称すれども、我国には正しく出でたることなし、隻其名お国史に存するのみ、
又水中に棲む獣多し、水獺、海獺、貛、水豹、膃肭獣、猟虎の類なり、河童は、水中に棲む怪獣にして、能く人お害すと雲ふ、
此他雷獣、木狗など、怪奇の獣も亦多し、