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貞丈雑記
十三/馬
一馬の印と雲事旧記にあり、馬のかねとよむべし、馬のびわもゝに、〈びわもゝとは、馬のあとあしのもゝの事也、琵琶の形に似たり、ひらもゝともいふ、〉やきがねの印おおす事也、此事上古よりある事也、令第八〈令は書名也、文武天皇大宝元年に撰ばれたる書なり、〉厩牧令曰、凡在牧駒犢至二歳者、毎年九月、国司共牧長対、以官字印印左脾上雲々、義解曰、謂股外為脾雲々、此心は牧にある〈牧とは馬牛おかふところ也〉馬の子、牛の子二才になるおば、毎年九月、其牧のある国の国司と、牧おあづかる役人と共に、牧に行て官の字の焼印お、馬牛の左の股の外におせと被仰付たる也、扠官の字の焼印ある馬牛は、天子の御物に上る也、後世に及ても、馬の股外に色々の焼印おおして、馬の品位おわかつ也、旧記に見たる印の名品々あり、されどもつまびらかならず、先琴柱といふは、ことぢの形 如此歟、菴と雲は 如此歟、雀は 目結は 輪違は 引両は 四目結は 丸は 遠雁は 右推量お以て其形おしるす、大方如此なるべし、此内遠雁 是は旧記に絵様あり、又鹿笛と雲は、狩人鹿お寄する為に吹く笛也、その笛の形お印にしたる成べし、つくさびと雲は詳ならず、下山(くだりやま)と雲も詳ならず、もし山形と雲物は 如此の類歟、金鑿と雲は、旧記にかねほる道具也、絵やう不見知也と有り、詳ならず、金おほる道具の形なるべし、両雀と雲、両の股に雀おおしたる也、是お両印といふ、雀目結とあるも、雀と目結と両印也、松皮は松皮びしなるべし、 如此歟、三日月は 如此歟、旧記に松皮三日月不見及とあり、〈印の名、書札の部に見たり、〉
一旧記に馬の印お記したる条に、つくさい金鑿かねほり道具也、絵やう不見知也とあり、〈馬具寸法、書札並雑々聞書等の書に見たり、〉つくさいはつんさいともいふ也、同じもの也、職人尽歌合に、金ほりの歌に雲、ながむとてこがねもほらぬつんさいのさびてぞ見ゆる秋のよの月、判の詞に雲、左歌、月みるとて金ほらぬは、つんさいのさびたるらん、ことはり協て聞ゆ、つんさいとは、金ほる具足にやとあり、〈具足とは道具と雲事也〉扠右の金堀の形お土佐光信が絵がきたるには、金ほりがひざのもとに、 如此なる物お絵がきたり、是つんさいといふ物也、〈按るに、つんさいおつくさいといふも、あやまりにはあらざる歟、うくすつぬふむゆるうと五音通ずる也、つくともつんともかよふ成べし、〉
一馬の印に鹿笛といふ形あり、鹿笛は狩人が鹿おあつむる為に、鹿のなく声おまねて吹く笛也、その形お鉄印にして、焼て馬の股におす也、
鹿笛
此所お吹く也
鈴の口のごとし

馬の印には如此
の形なるべし
木にて作る也、傾城のはきたるあしだにて作りたる笛おふけば、よく鹿の寄るといふ事、つれづれ草にみえたり、