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駿牛絵詞
又問雲、牛にさま〴〵の名おつけらるゝ事、いづれの頃よりか出来たるぞや、答雲、〈○中略〉我朝には甲斐国より聖徳太子に奉りける竜馬は、黒駒とて、別の異名ははべらざりけり、又江談とて、江中納言おほせられたる事おしるされたるには、日本の名物どもの中に、馬はおほく見え、牛は見え侍らぬとかや、但ざい中将殿とて、やさしき人のためしに申伝へたるは、平城天皇の御子なにがしの親王とかやの御息、皇孫とてもてなし申されて、仁明天皇の御宇、承和十四年正月、蔵人頭になり給ひて、おなじ二月、春日まつりの使にたゝれしに、公家よりびりやうの御車に、角白(○○)と申御牛おかけて下されけり、さればかの角白や、此の国の牛の名のはじめにてはべらむ、さてその中げんの事は、しりはべらす、後白河院貘丸(○○)、後鳥羽院師子丸(○○○)、香象(○○)、湊黒(○○)など、その影おうつされて、鳥羽殿の宝蔵におさめられ侍とぞうけ給はる、後嵯峨院の御代よりの牛、洛中に名あるほどの牛、いくらか見および侍つらむ、すぎぬるかたは、次第にわすれ侍れども、おもひ出すにしたがひてかたり申べし、又ことになおえたる牛どもは、所々に影にかきとゞめたる事おほくはべり、なにの要なき事にて侍れども、小童部よりふかく思ひそめにしほどに、上らうの御あたりに見およびはべりしお、所望してとりおきたるが侍し、もとめ出て見せ奉らむとて、後日におくりたびたりしお、少々写しとゞめたるかくなん、
貘〈筑紫牛〉 後白河院御牛、鳥羽殿へ御幸に羅城門の前よりかけらるゝに、彼御所の門まで歩足なくおどり侍ける駿牛也、
香象〈筑紫牛〉 以下後鳥羽院御牛也、
獅子丸〈越前牛〉 もと尊長法印牛、彼法印両度車お破て落車す、名誉の駿牛なり、
湊黒 以上四頭、勝光明院宝蔵本之由有其説、
新大納言伊良礼子(○○○○)〈出雲牛〉 小額(○○)〈筑紫牛〉 御室御牛 伝法院宝螺丸(○○○)〈越前牛〉荒鳥(○○)〈筑紫牛〉懸牽(○○)〈越前牛〉 已上五頭、左中将実忠朝臣筆、
継木(○○)〈筑紫牛〉 山口(○○)〈但馬牛〉 玉箒(○○)〈越前牛〉 松谷樹(○○○)〈筑紫牛〉 以上四頭、仙洞筆、
牛玉(○○)〈筑紫牛〉 常盤井入道相国、仙洞に進ぜらる、
引水(○○)〈御厨牛〉 同前
下帷(○○)〈筑紫牛〉 雨雲(○○)越前牛 敦朝朝臣牛、仙洞へめさる、勢大になりよき逸物也、
小角(○○)〈筑紫牛〉 若宮別当実清法印牛、仙洞へ進、容儀ことにすぐれたり、ちいさき角のおひめぐりて、目のしりにさゝへ侍し程に、度々さきおきられしなり、
長頭巾(○○○)〈越前牛〉 敦朝朝臣の牛、女院へめさる、ながき角のさがりてうしろへまがりて、角顔ありがたき牛の、心すぐれたる逸物也、
丁子染(○○○)〈越前牛〉 北山入道大相国、仙洞へ進ぜらる、此牛本国にて、やぶさめかさかけに、馬のごとく乗用し侍けるに、すぐれたる走りにて侍ける、角のさきおきり侍りしお、後につくりあはせられしかども、ふつゝかにて見にくゝこそ侍しか、ありがたき牛也、
足白(○○)〈丹波牛〉 持衡朝臣牛、北山入道相国、仙洞に進ぜらる、
宇和末濃(○○○○) 北山入道大相国、仙洞に進ぜらる、
文字鳥(○○○)〈筑紫牛〉 一条大納言〈公勝卿〉牛、仙洞にめさる、異賊がために筑紫牛まれなりし程、この牛逸物にて出来侍しは、めづらしき事にてはべりき、
臥猪(○○)〈相良牛〉 同大納言牛、仙洞へめさる、勢大きに心はやき逸物也、
此両頭撿非違使宗村法師是お飼いたす
初花(○○)〈丹波牛〉 妙観院経海僧正牛、仙洞へめさる弥松丸、亀山殿にて、東の四足より東西の上中門、すべて三門おおひ入て、勅禄にあづかりける駿牛也、あまりにつよくふるまひけるほどに、西中門の砌下の石輪にあたりて、車くだけたりしは、其まゝにて、いまに彼御所に残りはべりけるとぞ、
花菖蒲(○○○)〈但馬牛〉 威徳寺実宝僧正牛、仙洞へめさる、勢ちいさく、なりよく、心又逸物なり、
池尻(○○)〈大和牛〉 持衡朝臣牛、仙洞へめさる、
方丈(○○)〈丹波牛〉 六条院長老牛、仙洞にめさる、角頸眼すぐれたり、又きつきの骨、左右へいでたる事、普通のうしにこえたり、尾毛ながくおほし、振まひことなる逸物なり、
夜叉天(○○○)〈周防牛〉 毘沙門堂実超僧正牛、女院へめさる、かゝるところ、すまひ、またすこし物におどろくくせあり、黒栗(○○)〈越前牛〉 四辻経豪法印牛、女院へめさる、
椙村(○○)〈(椙村一本作村林)大和牛〉 高倉二位〈公兼卿〉牛、暫仙洞へめさる、遣手おわきへいれず侍しお、弥松丸祭御幸還御に、左右殊にふかく入て、雨皮つけに付て、しづかにあゆませて侍し駿牛なり、
諸鬘(○○)〈筑紫牛〉 任完法印牛、仙洞へめさる、此牛前のえだはりてながほそく、すべてなりおもふやうならず、目の前に、獅子の眉の如き完あり、腹あしくておどりおこのむ、
唐庇(○○)〈牛名〉 安嘉門院の御牛、北白川そだちなり、所生のはじめより、さま〴〵にいたはりたてられしかば、勢もおほきに、容儀もたぐひなき程の上牛也、女院御秘蔵の次第のべつくしがたきもの也、真影お花幔にうつされて、清凉寺の本尊の帳にかけていまにあり、
土用鶴丸〈牛飼名○土用鶴丸上恐脱牛名〉
岩山(○○)〈牛名〉 塵王丸〈敦朝牛飼〉 敦朝朝臣牛、後嵯峨院へめさる、勢大なる逸物也、
鷹法師(○○○) 鷹王丸
三色(○○)〈牛名〉 堀川大相国〈于時春宮大夫〉牛、仙洞へ進ぜらる、
唐柑子(○○○) 伏見宴遍僧正牛、仙洞へめさる、万里小路殿より常盤井亭へ御幸はじめにめされ侍しお、賽王丸仕まつりて、御車のくび木お引きらす、勢ことにちいさく、心ことなる駿牛也、
荒屋(○○) 弥禅師丸 善勝寺大納言〈隆顕卿〉牛なり、亀山院御脱屣のはじめこれおめさる、
頸上(○○)〈筑紫牛〉 萱王丸
難波津(○○○) 乙王丸
大袖(○○)丹波牛 六王丸 前藤大納言〈為世卿〉牛、しばらく伏見院にめしおかる、勢ちいさき牛の心ことにわきかへりたる逸物也、
鵲(○) 小鷹丸 室町院御牛、被進後深草院、弘安二年六月三日、仁和寺宮御受戒のとき、後深草院亀山院、両院、一条御桟敷にて御見物、還御の時、小鷹深草院の御遣手にて、此御牛おつかふまつり侍き、諸人目おおどろかし侍しなり、
角総(○○)〈河内牛〉 七王丸
夏引(○○)〈御厨牛、一名長黒、〉 弥王丸
常盤井入道大相国、仙洞へ進ぜらる、勢大に、なりすがた美しく、身まろくながくて、深山の骨そばよりはたかく見え、前よりは、掌おあはせたる如くにうすく、木つきの骨、左右へさしはりて三角にみえたり、あゆみおどり、たぐひ少き車引の逸物なり、後には女院に進ぜらる、
虎丸(○○)〈同牛名〉 子細さきのごとし、勢大きにふとくあつく、完かたく、力つよく、大かた心に和讒ある逸物なり、高倉宰相茂通卿、賀茂祭近衛使にて花山院より出立侍りしに、かざり車にかく、西の四足の内より出て北へ向ておどる、弥王如木して是に付てはしりて、ことゆへなくわたし侍りしこそ、いとめづらかなる事にて侍りしか、是もはじめ仙洞、後には女院へ進ぜらる、
薄彩色(○○○)〈河内牛〉 弥松丸 女院ちかごろたぐひなく御秘蔵あり、そのあいだの子細つぶさにのべがたし、大方そのふるまひありがたく侍りき、弥松丸がほか、ついにこれおやらせられず、
大黒(○○)〈越前牛〉 弥一丸 女院より大覚寺殿へ進ぜらる、大きなる牛の容儀よく進退ある逸物なり、
武蔵野(○○○)〈筑紫牛〉 弥鷹丸 実淵僧正牛、女院へめさる、おどりてとゞまらぬ駿牛なり、うす色、むさし野とて一双に申侍き、
岩波(○○)〈大和牛、本名伊和野辺(○○○○)、〉 弥六丸 左中将為道朝臣牛、女院へめさる、ことなる逸物なり、車にて余にかしらの高く侍と難ありき、
雁(○)〈越前牛〉 弥石丸 任完法印牛、仙洞へめさる、勢大に容儀すぐれたる牛也、おどりお好みてやすくとゞまらず、
横笛(○○)〈御厨牛〉 弥孫丸 北山入道相国牛、亀山院へ進ぜらる、大なるうしの容儀よく心はやくたぐひなき駿牛なり、
八幡末濃(○○○○)〈筑紫牛〉 松一丸 尚清法印仙洞に進、毛色めづらしう勢大に心ある逸物なり、
松風(○○)〈大和牛〉 弥童丸 朝忠朝臣牛、仙洞へめさる、庭にて殊に愛あり、
大笛(○○) 松有丸 妙法院僧正牛、仙洞へめさる、大なる牛の力ありて、こゝろはやりたる逸物なり、庭にても車にても、こまやかにけふあるさまに見えはべらず、